インプラントという言葉を最近耳にする機会が増えたと思います。私にとっても専門と言えるのがインプラントです。野茂秀雄と同じ時期にアメリカ・ロサンジェルスに渡り、UCLA顎顔面補綴科のビューマー先生の下で1年間インプラントについて学んできました。特にそこで知り合った日本人技工士の方々には、いろいろなことを教えていただきました。今の私の診療は、この経験を礎としています。
さて、インプラントですが一般の方の認知度も上がってきてご存知の方も多いと思います。簡単に言うと骨に穴を開けそこにネジを埋め込んで、人工の歯の根を作りその上に歯を装着します。インプラントの手術や手順は多くの歯科医院のホームページやインプラントメーカーのページで見ることができるので、ここでは省略させていただきます。小川歯科医院で使用しているインプラントメーカはアストラとバイオホライズンです。
インプラント本体はチタン合金または純チタンでできています。チタンが骨と密接且つ強固に接合(インテグレート)することによって歯根として使えるようになります。このためインプラントの上に作った歯と天然の歯との間には大きな違いが生じます。骨と直接的に付いているインプラントは噛む力が加わっても、ほとんど揺らぐことはありません。これに対して天然の歯の根の周囲には「歯根膜」という薄い軟組織の膜があり、噛む力が加わるとクッションのような役割を果たします。
実はインプラントが直接、骨と接していることはインプラントを歯として機能させるために一番重要なことであるとともに、一番の欠点でもあると私は考えています。
生体とはよくできたもので硬い骨や重要な臓器は柔らかい組織に守られています。皮膚や皮下組織、筋肉などは骨や臓器の外側(昆虫や甲殻類は別ですが)に あります。それらの組織が外部からの応力を緩和して破損しにくくしています。
同様に、体で一番硬い組織である「歯」は直接骨を破損しないようにクッションである「歯根膜」を介して骨と接しています。
ところが、インプラント。歯以上に硬い金属が直接骨と接しているのです。食物を咀嚼したり他人と話をしたりすることでインプラントを介して骨が受ける応力は心配されるものではありません。問題なのは就寝時に行われる「喰いしばり」や「歯軋り」です。 脳が活動している間(おきているとき)は組織を破壊するほどの力を加えることはありません。なぜなら、組織が壊れてしまう前に脳でセーブ(タガ)をかけてしまうからです。
ところが、就寝時はその脳のセーブ(タガ)が外れてしまい、筋肉に力が入る限り際限なく「喰いしばり」や「歯軋り」が行われると考えられます。酷い人は100Kg以上の力で数時間続けるほどです。これではインプラント周囲の「普通の」骨はたまったものではありません。硬いインプラントが数時間100Kg以上の力で骨を圧迫し続けるのです。それに伴いインプラント周囲の骨が、ほんの少しずつ小さな骨折を起こし始めます。骨折は治癒することなく日々の就寝時の「行為」の圧力に晒され続け、やがてインプラント周囲の骨の崩壊へとつながります。これが主なインプラント脱落の原因と考えています。
インプラント治療において最も難しいのは 「インプラントを長く機能させること」と考えています。
インプラントの手術は、日ごろからドリルを使っている歯医者にとっては、さほど難しいものではありません。ただし、診断をキッチリして自分の実力に合った手術を心がけ、背伸びをすることによって技術的なミスを生まないようにすることが前提です。もちろん、注意しなければならないことは沢山ありますが、単純に「骨に使い慣れたドリルで穴を開けネジを埋め込む」作業です。
では、「インプラントを長く機能させること」がなぜ難しいかをお話します。
それは、手術が成功し無事にインプラントの上に歯がつくられ、実際に機能しだすと、歯科医の管理下から離れてしまい、歯に関しては素人である患者さん自身が管理しなければならなくなるからです。もちろん、歯がセットされた後も定期健診を行うようにはしていますし、患者さんにも十分理解してもらえるようにお話しているつもりです。でも、人間の心情として「痛みも無いし、日々の生活の中では異常も無い」その状況でどれだけの人が歯科医院に通うでしょうか?これがインプラント治療において、私が最も難しいと考えていることです。
病気のコントロールは出来るのですが、人心のコントロールは難しい。そのためにも、より一層、患者さんとのコミュニケーションは重要であると私は考えています。